自己実現と社会貢献を志す人へ

先生&生徒のつぶやき

小野校長のつぶやき

2024.11.18

『憎まれっ子世にはばかる』は間違っていた!

執筆者:校長  小野 康裕 小野先生

前回は『感謝』(2024.08.20 感謝と幸せについて)についてつぶやきました。
今回は『親切』についてつぶやきます。

『憎まれっ子世にはばかる』とは、「自分勝手でみんなから憎まれ口をいわれても、そのような人が世の中では幅を利かせ長生きするという」という意味のことわざですが、それは間違っていました。
親切な人ほど長生きして世にはばかるのです。

スコットランドのデイビット・ハミルトン博士に研究によると、「親切なことをすれば、幸せホルモンのオキシトシンによって脳が変化し、血管が拡張し、血圧が低下するうえに、老化を防ぐことができる」と述べています。
つまり、親切は人を幸せにし、心臓に良く、老化を遅らせます。
また、親切な行動は良い人間関係が拡散していきます。
驚くほど身体にも社会にも良いのであります。
つまり、親切をすれば自分も含め、みんなが得をすることは避けようのない事実であります。

実は、人間は生まれつきに自己中心的ではないのです。
他人に対して親切になれるよう生まれながらデザインされているのです。

さあ、皆さんも親切なことをして、幸せな気分を味わってみましょう!

参照文献:『親切は脳に効く』デイビット・ハミルトン

2024.08.20

感謝と幸せについて

執筆者:校長  小野 康裕 小野先生

みなさま、久しぶりのつぶやきです。

とある日の朝礼後、F先生から家族に対する感謝の気持ちを聞き、ほほえましく幸せな気分になりました。

『感謝をすれば幸せになれる』と言われています。
心理学者の研究では、毎日1~2分程度「ありがとう」という感謝をしている人々は、よく眠れるようになり、より多くの運動をするようになり、身体的不調も軽減したという結果があるそうです。
つまり日常生活において、『感謝』の時間を設けると幸せになれるということです。

『感謝』には2種類あるそうです。
一つは、自分に良いことが起きた場合の感謝(恩恵的感謝)。
例えば、誰かに何かをしてもらったから感謝する、何かをもらったから感謝するという場合です。
もう一つは、感謝の気持ちをいつも感じている場合の感謝(普遍的感謝)。
例えば、生きていることに感謝する、家族や仲間と一緒にいられることに感謝するという場合です。

ある研究によると、恩恵的感謝だけだとエゴが強くなり、次第に気持ちが暗くなり、長期的には鬱になる傾向が強いという結果があるそうです。
何か良いことがないと感謝ができず、自分の調子が悪い場合や、何かつらいことが起きると、すぐに気持ちが沈んでしまうそうです。
一方の普遍的感謝は成長意欲が増大し、困難に立ち向かう勇気が持てるようになるそうです。
特別なことがなくても、常に感謝の気持ちを持つことは、困難なことや、つらいことが起きても、前向きな気持ちになり、何があっても成長に繋がっていくということです。
感謝の気持ちは、間違いなく幸せにつながる始まりだと思います。

RITA学園高等学校が開校してから、朝礼後に感謝の時間を作り、教職員に5つの感謝について述べてもらっています。
普遍的感謝を高めていくことで、生徒も教職員も学校全体が幸せになることを願っています。

2023.04.20

利他と幸福

執筆者:校長  小野 康裕

今回は「利他と幸福」をテーマにお話します。

人は、誰でも幸せになりたいと願っています。
どうすれば、もっと幸せに生きられるのでしょうか?

もっと親の財産があったなら幸せになれる。
もっと頭が良ければ幸せになれる。
もっときれいに生まれたら幸せになれる。
もっと有名だったら幸せになれる。

その答えは人によっていろいろな意見があると思いますが、私が導き出した答えは「利他的振る舞い」です。

“利他的”な振る舞いと“利己的”な振る舞いでは、どちらの方が、多く年収を受け取ることができるのでしょうか。

興味深い研究結果があります。

スウェーデンのストックホルム大学のエリクソン博士らの研究によると、「利己的な人と利他的な人との年収についてどちらが高いか」を研究するため、4,017人にアンケートを協力してもらい、寄付やボランティア活動などの度合いを質問し、利他的か利己的かを調べ、その後の14年間の変化を調べたそうです。

その結果、最初は同額の年収であっても、その後において、利他的な人のほうが年収の増加率が高くなっていくことがわかりました。
利他的な人の年収は、利己的な人の1.5倍でした。
つまり、利他的な人と利己的な人では、利他的な人のほうが年収を多く受け取る人が多かったのです。
この理由は、利他的な人のほうが、周囲に気を使い、困っている人を助け、自分ができることを手伝ったりすることで、周囲からの信頼が増し、その結果、重要な仕事を任されリーダーに選ばれることになります。
それが、昇進に繋がり年収にも差が出てくると結論を出しています。

利己的な人より利他的な人の方が信頼できると感じることは、誰もが良くあると思います。
自分勝手な行動をする人よりも、他者を思いやることができる人のほうが安心でき、信用できます。
いつも自分勝手な行動をする人が困ったとしても、自業自得と言われ、誰も手を差し伸べることをしません。
逆にいつも利他的な行動をする人には、いざというときに他者が力を貸してくれます。
つまり、利他の心を持っている人は、このような人間関係(相互協力関係)が築きやすいことが、人生を幸せに生きることにつながるのではないでしょうか。

参照文献:『科学的に幸せになれる脳磨き』岩崎一郎から

2021.07.26

利他的行動と社会化②「助けるように生まれてくる、そして育てられる」

執筆者:校長  小野 康裕

なぜヒトは親切にしたり、助けたり、援助したりするのでしょうか?
進化人類学者のマイケル・トマセロによると、ヒトの子どもは、生まれてからすぐに、チンパンジーやオラウータンなどの大型類人猿には見られないようなかたちで利他性を示すそうです。
しかし、利他性を備えて生まれてくるとしても、必ずしも利他性が芽吹くかどうか、またそれがどのようなシステムによってなるのかは解明されていません。
どのように利他性は育つのでしょうか?

「安全基地」を提案し、愛着理論(母親など特定の養育者との情緒的な結びつき)の父といわれるジョン・ボウルビーの一番弟子である発達心理学者メアリー・エインスワースは、愛着行動を安定型、回避型、不安型と3つにタイプ分けしました。
この愛着理論を使って、マインドセットで有名なキャロル・S・ドウエックらは援助性や利他性の実験をおこないました。

その実験内容は、お母さんは苦も無く階段を登り、赤ちゃんはそれに続くことができず、一段も登れずに立ち往生し、悲痛な泣き声をあげている場面を用意するというものです。
そこで、エンディングを2種類用意し、一つは、お母さんが戻ってくるエンディング。
もう一方では、泣いている赤ちゃんを残して、一人で階段を登り続けるエンディングです。

愛着安定型の子どもたちは、「母親が登り続ける」映像に驚き強く反応しました。
一方で、非安定型(回避型、不安型)の子どもたちは「母親が戻ってくる」方に驚き強く反応しました。
このように愛着安定型と非安定型ではそれぞれに異なる期待を保護者にしていたのです。

また、1~3歳児の虐待を受けた子どもたちと、虐待のなかった子どもたちを半数集めた託児所において、行動を注意深く観察した結果、近くの仲間に何か困ったことが起きた場合、虐待を受けた子どもたちは、誰一人として共感的な関心を示さず、手助けするという仕草も示しませんでした。
虐待を受けた子どもたちが反応したのは、脅迫や怒り、物理的な暴力の場面でした。
これは、虐待を受けることで、人間が持つ利他性への自然な傾向が消去された可能性があると考えられます。
つまり、これらのデータは子どもたちが、他者への不幸に対してどうすべきかを、外部の世界から学んでいる(社会化)という見方を支持するものと言えます。

子どもは、関連する文化(ここでは虐待傾向の家庭)において、人びとがどのように振る舞い、互いにどのように振る舞うことが期待されるのかを、自分の親たちの行動から学ぶのだと考えられると、キャロル・S・ドウエックは述べています。

このことから、「ヒトは助けるように生まれてくる、そして育てられる」ということは、ヒトは利他性を持って生まれるが、その後は、一番身近な人間に強く影響され、利他性が育てられたり、育てられなかったりするのでしょう。

2021.04.28

利他的行動と社会化「情けはひとの為ならず」

執筆者:校長  小野 康裕

「情けはひとの為ならず」ということわざがあります。
ひとに親切にすれば、そのひとのためになるだけではなく、やがては巡り巡って自分のためになるという意味です。
しかし、ひとに親切にしても、将来において、自分に戻ってくる可能性があるかどうかはわかりません。
このようなことから最近は「情けはひとの為ならず」は違う意味にも使われることがあります。
どちらにしても、なぜひとは親切にしたり、助けたりする利他的行動を行うのでしょうか?

進化人類学者のマイケル・トマセロは、生後14か月~18か月(2歳児)の乳児に対して、まったく面識のない大人がちょっと困っているときに乳児は援助するのかどうかの実験をしました。
手がふさがっているときに戸棚を開けようとしたり手の届かないものを取ろうとしたとき、参加した乳児24人のうち22人は迷わずに即座に戸棚の扉を開けてあげたり手の届かないものを取ってあげるという援助行動をしました。

また他の実験では、幼児が楽しく遊んでいたときにでも、遊びを止めて困っている大人を援助したのです。
自分の遊びをやめるというコストを払ったのです。
つまり、「ひとは助けるように生まれてくる」のです。

トマセロによれば「人間は、1歳の誕生日を迎えるころから、しゃべりはじめ、また歩き出すことで、文化的存在になり様々な状況で協力的や援助的になります。さらに子どもはこういったことについて大人から学ぶのではなく、自然にそうなる」そうです。
しかし、子どもが見せる協力性は、その後の社会の中で、こちらが援助したら相手が援助してくれるかの判断や、自分が所属している集団のメンバーが同じことをどう判断するかというようなことを思考することで、集団の中での自分の行動をいかにこなすべきかという「社会的規範の内面化」を始めるとトマセロは考えています。
このことから、人間の利他性は生まれながらにデザインされているが、社会化する過程でさまざまに変化するものだと考えます。

利他的行動の社会化について、興味深い例として、サミュエル・ボウルズの著書『モラルエコノミー』での「六つの託児所」についてご紹介いたします。
イスラエルの託児所で1日の終わりに子供を迎えに来ることになっており、その迎えに遅刻する親たちに罰金が科されることになりました。
しかし、それはうまくいかず、逆に遅刻する親が増加しました。
また、その後に罰金の制度は取りやめられましたが、その後も親たちの遅刻は続きました。

これは、利他的行動と経済的インセンティブとの間にはある種の負の効果があることを示唆しています。
遅刻に値段をつけると、先生たちに迷惑をかけまいとする、利他的な振る舞い(この場合は倫理的な義務感)が、親たちの買うことができる商品になってしまう結果になったのです。
このように、人の援助する心を数値化やお金の価値にすることは、利他的行動を削減するように導くことがあるということです。
我々は、社会化するなかで、生まれながらに持つ利他的に振る舞うことや人に親切にすることを失くしているのではないでしょうか。
「情けは人の為ならず」の意味が変化しているのも、そのためかと思われます。

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