先生&生徒のつぶやき
先生のつぶやき
2025.01.29
阿蘓品感激!!名台詞第三弾!!
執筆者:教諭 阿蘓品 祐輝
おはようございます。こんにちは。こんばんは。
RITA学園高等学校S組の担任をしております、教員の阿蘓品です。
今回も自分の好きなものについて語ります。
私は【アニメ】が好きです。
特に『ドラゴンボール』や『ガンダム』などが好きですが、今の自分の中での流行は『呪術廻戦』です。
アニメには心に残り、人生の励みになった台詞が数多くあります。
その一部をここで皆さんに共有することで、皆さんにとっての励ましになったり、何かのきっかけになったりすると良いなと思います。
ということで、今回の台詞はこちら・・・
「人を想って流す涙は別だ。何があっても泣かないなんて奴を、俺は信用しない。」
[出展:機動戦士ガンダムUC(福井晴敏 /
角川スニーカー文庫)]
砂漠から見る満天の星空の中、主人公とジンネマンは自然の仕組みや人々が生きるために作り出したシステム、それぞれの場所でできたシステム同士が相容れないこと、様々な話をする中、主人公が涙を流す。
その際にジンネマンが放ったセリフです。
私は「人を想って涙を流せる奴になれ。」そんな風に受け取りました。
涙を流せるほど人を思いやる心を持つ、まさに利他の一部分だなと思います。
ジンネマンはとても漢らしく、時には上記のようなセリフも出る優しさももった魅力ある人物です。
こんな漢になれるよう、私自身も他者を思いやり、時には厳しくありたいものです。
2025.01.14
新年を迎えて
執筆者:副校長 山下 久夫
新年を迎えることができて喜んでいます。
新年を良い一年にするため、我が家では『しめ縄』『鏡餅』は自分たちで作って年神様をお迎えします。
まず玄関を掃除し、年末みんなで作った鏡餅をお備えします。
鏡餅は毎年12月30日にお餅つきをして、その時に作ります。
いつも多くの親戚や知り合いが集まり、とても楽しいイベントとなっています。
年神様は玄関が綺麗に掃除されている家にしか入らないそうなので、年末はしっかりと大掃除をしました。
年神様は家に入ったら、どこに宿るかご存知でしょうか。
昔から鏡餅に宿られると言われています。
鏡開きの日に年神様が宿った鏡餅を開いて食べることで、その力を授けていただき、その年家族みんなの無病息災を願います。
我が家では年神様が宿っている鏡餅を開いた後、今年は冷凍しました。
みんなで少しずつ食べ一年の健康を祈ります。
今年も家族みんな仲良く元気で過ごせますように。
2025.01.06
一富士二鷹三茄子四扇五煙草六座頭
執筆者:教諭・事務員 渡邊 まゆみ
明けましておめでとうございます。
2025年、香川は雲ひとつない晴天に恵まれた穏やかなスタートとなりました。
皆さまにとって素晴らしい一年でありますよう、祈念申し上げます。
皆さん、初夢は見ましたか。
初夢って大晦日の夜に見る夢?それとも元日の夜に見る夢?と思ったことないですか?
私も考えたことがありますが、実はどちらでもいいそうです。
年明けに初めて見た夢が初夢なんです!
そして初夢といえば「一富士二鷹三茄子」と言われますよね。
江戸時代のことわざで、縁起のよい順に「日本一の富士山」「百鳥の王の鷹」「茄子は生すと成すをかけたもので生まれ成長するさま」だそうです。
でも、このことわざには続きがあるのをご存知ですか?
「四扇五煙草六座頭」(しせんごたばころくざとう)。
本当は十まであるそうですが六の後は不明だとか。
なにせ江戸時代ですからね…。
四の扇はその末広がりの形から商売繁盛や子孫繁栄の縁起物で、煙草は煙が上にのぼっていくことから縁起物とされているそうです(禁煙がご時世の現代では違うのかも)。
そして、座頭とは琵琶法師といわれる盲目の琵琶演奏家のこと。
剃髪のため、髪がない→毛がない→怪我ないと、家内安全の象徴とされていたそうです。
楽しい語呂合わせに日本語の奥深さや面白さを感じ、日本人って粋だなぁと思います。
私ごとですが、粋=着物(私の単純な思考回路)ということで、今年は着物を着る機会も増やしていこうかと思った元日でした。
2024.12.26
男のロマン
執筆者:教頭 人見 敏史
私は令和6年の個人的な目標として、次の2項目掲げていた。
①60cmの真鯛を釣り上げる
②30種類の魚を釣る
結果としては、①は達成、②は未達成に終わった。
ここで大切な事はなぜ②を達成できなかったかという分析だ。
・悪天候に見舞われた
・潮を読み切れなかった
・餌および疑似餌のチョイスを間違った
・温暖化にともなう海水温の上昇で生態系が変わった
・時合に乗れなかった etc
目標達成のために、夏の猛烈な暑さの中、冬の凍える寒さの中、年間を通じて幾度も釣行したが、何かが足りないから目標に届かなかったのだ。
その何かを探して解決することが次へのステップに必要な課題となる。
そこで諦めたら自ら掲げた目標から逃げることになってしまうのだ。
★令和7年の目標★ 33種類の魚種を釣り上げる
30種類を達成できない奴が増やして大丈夫か??
この自分に課した目標を達成した時に初めて成長を認めることができるのだ。
自分で「参った」と言わない限り負けではない・・・
妻は「1年間で釣りに使った金額を計算すれば、高級寿司店に何回も行けたね」と言った。
「求める次元が違うのさ」と僕は思った(思っただけで口に出してはいない・・・)。
たかが釣り、されど釣り
男のロマンがここにある。
2024.12.18
利他的偉人伝④「マザー・テレサ~ローマ教皇も認めたコルカタの聖人~」
執筆者:教諭 藤原 彰将
マザー・テレサ(本名:アグネス・ゴンジャ・ボヤジオ)は、1910年、現在の北マケドニアであるスコピエのアルバニア系家庭に生まれました。
彼女は18歳でカトリック教会の修道女となり、アイルランドのロレト修道会に入会。その後、インドのカルカッタ(現コルカタ)に派遣され、修道院で教職に就きました。
しかし、彼女の人生を大きく変える出来事が1946年に訪れます。
列車で旅をしている最中、「最も貧しい人々とともに生き、彼らを助けるように」という神の召命を受けたのです。
この体験をきっかけに、修道院の生活を離れ、カルカッタのスラム街で活動を開始しました。
1950年、マザー・テレサは「神の愛の宣教者会」を設立しました。
この組織は、貧困層や病気に苦しむ人々への支援を目的とし、特に「死を待つ人の家」という施設が象徴的な活動となりました。
この施設では、路上で見捨てられた病人や死期の迫った人々を受け入れ、尊厳を持って最後の時間を過ごせるようにケアを行いました。
マザー・テレサが最初に救ったのは、路上で半死半生の状態だった女性だったそうです。
その女性を自らの手で運び、施設で世話をし、亡くなるまでそばに寄り添ったといいます。
この経験は、彼女の活動がビジネスライクな慈善事業ではなく、無償の愛に基づくものであることを象徴しています。
マザー・テレサの活動は世界中で称賛され、1979年にはノーベル平和賞を受賞しました。
彼女は受賞スピーチで「愛の反対は憎しみではなく無関心です」と述べ、物質的な貧しさだけでなく、精神的な孤独や疎外感もまた大きな問題であると強調しました。
一方で、彼女の活動には批判もありました。
例えば、施設の運営方針が非効率であったことや、末期患者へのケアが十分ではないとの指摘もありました。
しかし、マザー・テレサはこうした批判を受け止めつつ、自らの使命を貫き通しました。
1997年に87歳で亡くなった後も、彼女の設立した「神の愛の宣教者会」は世界中で活動を続けています。
彼女が残したのは、ただ物質的な援助ではなく、「人は愛され、尊重されるべき存在である」という普遍的なメッセージでした。
マザー・テレサはこんな言葉を遺しています。
「私たちは偉大なことを成し遂げる必要はありません。ただ小さなことを、大きな愛を持って行えばよいのです。」