先生&生徒のつぶやき
2021.07.26
利他的行動と社会化②「助けるように生まれてくる、そして育てられる」
執筆者:校長 小野 康裕
なぜヒトは親切にしたり、助けたり、援助したりするのでしょうか?
進化人類学者のマイケル・トマセロによると、ヒトの子どもは、生まれてからすぐに、チンパンジーやオラウータンなどの大型類人猿には見られないようなかたちで利他性を示すそうです。
しかし、利他性を備えて生まれてくるとしても、必ずしも利他性が芽吹くかどうか、またそれがどのようなシステムによってなるのかは解明されていません。
どのように利他性は育つのでしょうか?
「安全基地」を提案し、愛着理論(母親など特定の養育者との情緒的な結びつき)の父といわれるジョン・ボウルビーの一番弟子である発達心理学者メアリー・エインスワースは、愛着行動を安定型、回避型、不安型と3つにタイプ分けしました。
この愛着理論を使って、マインドセットで有名なキャロル・S・ドウエックらは援助性や利他性の実験をおこないました。
その実験内容は、お母さんは苦も無く階段を登り、赤ちゃんはそれに続くことができず、一段も登れずに立ち往生し、悲痛な泣き声をあげている場面を用意するというものです。
そこで、エンディングを2種類用意し、一つは、お母さんが戻ってくるエンディング。
もう一方では、泣いている赤ちゃんを残して、一人で階段を登り続けるエンディングです。
愛着安定型の子どもたちは、「母親が登り続ける」映像に驚き強く反応しました。
一方で、非安定型(回避型、不安型)の子どもたちは「母親が戻ってくる」方に驚き強く反応しました。
このように愛着安定型と非安定型ではそれぞれに異なる期待を保護者にしていたのです。
また、1~3歳児の虐待を受けた子どもたちと、虐待のなかった子どもたちを半数集めた託児所において、行動を注意深く観察した結果、近くの仲間に何か困ったことが起きた場合、虐待を受けた子どもたちは、誰一人として共感的な関心を示さず、手助けするという仕草も示しませんでした。
虐待を受けた子どもたちが反応したのは、脅迫や怒り、物理的な暴力の場面でした。
これは、虐待を受けることで、人間が持つ利他性への自然な傾向が消去された可能性があると考えられます。
つまり、これらのデータは子どもたちが、他者への不幸に対してどうすべきかを、外部の世界から学んでいる(社会化)という見方を支持するものと言えます。
子どもは、関連する文化(ここでは虐待傾向の家庭)において、人びとがどのように振る舞い、互いにどのように振る舞うことが期待されるのかを、自分の親たちの行動から学ぶのだと考えられると、キャロル・S・ドウエックは述べています。
このことから、「ヒトは助けるように生まれてくる、そして育てられる」ということは、ヒトは利他性を持って生まれるが、その後は、一番身近な人間に強く影響され、利他性が育てられたり、育てられなかったりするのでしょう。